”子供はいた方がいいよ”と言われたその後の話
↑この話の続きです
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時間が空いてしまったが少し補足すると、その会場は、何年振りかに会う友人50名ほどと恩師数名の集まりの場だった。
私は久しぶりの再会を楽しみつつ、きょどりつつ、数名と話してはまた他の数名と話すことを繰り返していた。
そして前回の記事で書いた通り、ある恩師とその場にいた友人の会話があり、私は泥水を飲まされたごとくのダメージを食らった。
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”夫婦2人もいいけれど、やっぱり子供はいた方がいいよ”
”私ね、あんまり子供が好きじゃなかったんだけど、子供ができたら違ったよ~”
と言われてから15分後くらいだったと思う。
また別の友人と語らおうとしたときに、その友人が
”○○先生に子供がいても離婚しないでやっていける方法を聞いてみたい。いま大丈夫かな~”と言った。
するとすぐ横にいた別の友人が
”えー、そういう話ならさっき○○ちゃんが先生に相談してたよ”
と言っていたのである。
その会話を聞いていた私は表情には出さなかったが、
なんじゃそりゃー!!!と心の中で思いまくった。
ある人は子供はいた方がいいと私に語り、そして別のある人は子供がいるからこそ離婚できないという悩みを抱え相談しようとしていた。まぁ、子供がいるから離婚できないという話は耳にしたりもするが、こんなせいぜい15分ぐらいの間にまさに両極端すぎる話をこの耳で実際に聞いたのである。
これが40代の世界なのか・・・という感じだった。
そういう場面を見て、今の自分なりに思うことは、子供がいたらいたなりの生活があり、子供がいなかったらいないなりの生活がある、ということだ。ただそれだけ。
だから、どちらの方がいいかなんて私は誰にも言えない。そんなことを簡単に誰かに言うのは無責任だよ、って思ってしまう。
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これが例えば、”ペットを飼うか”という話だったらそうはならないのに。
その人が動物好きだったり、ペットが飼いたいと言っていた前提があるなら”ペットを飼った方がいいよ”という会話になるかもしれない。
でも一方で、その人が動物が好きかどうか、一緒に暮らせる環境にあるかどうかも知らない状況において急に”ペットを飼った方がいいよ”とはならない。前後に何の文脈もないのにいきなり”ペットを飼った方がいいよ”なんて言い出したら、は?なんで急にペットなの?ってなるでしょ。
でも、妊娠・出産(結婚もそうだよね)の話だったら成立してしまう。
何年も会ってない人との会話だったとしても(その人の背景もまったく知らなくても)、結婚したと聞いたとたんに”子供はいた方がいい”と急に言ってきたりもする。そして言われた方も、やっぱり子供がいた方がいいかな、親に孫の顔を見せた方がいいかな、とか何かしら頭をよぎって揺さぶられたりする。
根深い。根深すぎる。
それだけ、結婚すれば自動的に子供がついてくると思っている人もいるし(もちろん心の中で各自思うのは自由だけど、そういうものだと目の前の人に投げかけるのは違うと思うんだよね)、一方で、”○○しなければならない”みたいな思いが程度の差はあれ、刷り込まれていたりする人がいるんだろうな。
私もその一人だ。だからこそ、今だって時折苦しくなる。
苦しくなっては、その思いを言葉にしていったん脳の中から外に出す。
そして外に出した文章をぼんやり眺めながら、少しずつ客観性を取り戻していく。
それは、”竜巻の中心にいるのか”、”竜巻を遠くから眺めているか”の違いのようなものだと思っている。
前は早く竜巻がなくなればいいのに、とか、どうやったら消えるの?って思っていたけど、七転八倒してきた結果、私の中で竜巻はなくならないんだなということがだんだんわかってきた。
それなら、いかに竜巻の中に巻き込まれず、できるだけ遠くから眺めるポジションに立ち、竜巻が近づいてきたら冷静に進路を軌道修正することを繰り返しながら生きていくしかないんだろうなと思っている。
1年後2年後はその考えがどう変わるかはわからないけれど、今はそう思っている。